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29/07/2006 よろしくメカドックGyaOの登録をする際に、興味のある項目かなにかで車を選択していたら、ダイレクトメールで「よろしくメカドック」を放送すると言う通知が来たので、ためしに見てみました。 ……なんとも80年代テイスト満載の絵と内容です。どうやら原作は週間少年ジャンプ連載だったようですが、ジャンプに車漫画があったというのは驚きです。 メールには、往年の名作という感じのことが書かれていましたが、正直に言えばここまでのところ大して面白いと感じていないので、どのあたりが名作なのかがさっぱりわかりません。 面白くない理由としては、チューニングの内容がタービンを2基乗せたとかそんな程度のことしか言わないことでしょうか。峠や街を走っているのに、ゼロヨン向けチューニングをしてるのでしょうか。演出上の問題でしょうけれども、逆効果にしか見えません。 それにしても、あたりまえですが、車が80年代です。RX-7といえばこの頃はFD3SやFC3Sではなく、SA22ですね。ピアッツァなんて今から見たらスポーツカーだったんだという感じすらしますが。(むしろ知らない人も多そうです) あと、一番時代を感じたのが、コンピュータ制御が一般的ではないということです。 そして、車はもちろんですが、主人公が言う「F1のメカニックになりたい」云々という科白も、80年代のものであることを注意しておかなければならないようです。 あの頃はまだプライベータ全盛の時代ですからそれも可能だったかもしれませんが、現代ならば、欧米に渡って大学で専門の勉強したうえで就職先としてF1チームを選ぶしかありません。(それで入れるかどうかはまた別ですが、日本でチューニングショップをしていたら絶対に無理でしょう) 先週配信された最初の4話は1話完結だったのですが、今週配信ぶんから連作物になったようです。日本版キャノンボールが開催され、主人公達も参加すると言うものです。いろいろな車が続けざまに出てくるので、車好きにはたまらない内容と言えるでしょう。 といってももちろん、今から見たら古い車ばかりです。R32でもR33でもR34でもないGTRとか、セリカXXとか。 とりあえず、キャノンボール編が終わるまでは見ようと思いますが、どうなりますやら。 24/07/2006 カクレキリシタン買ったまま積んだ本をいろいろと発掘しているのですが、その中の一冊で、ちょうど宗教というものに興味を持ちはじめたころに買ったものです。 宗教に興味を持つといっても、特定の宗教に興味が沸いたわけではなく、世界的に見ると日本人が極めて苦手としている宗教と言うものは一体なんなのだろう?という疑問から興味を持ったのです。 キリシタンというと言葉から必ず思い出されるのが天草の乱だと思いますが、日本におけるキリスト教発祥の地でもある九州地方はやはり、キリシタンを語るうえで中心的な場所になるようです。 この本でもっとも驚かされたのは、カクレキリシタン(隠れキリシタン)と呼ばれる人たちは現在も残っているということです。江戸時代(正確には秀吉の時代)からの弾圧の結果、隠れ(表面的には仏教や神道となり、実際にはキリシタンである状態)となったまま、明治になり宗教が自由になった時にもカトリックに戻らずにそのまま「カクレキリシタン」のままでいるというのです。 この一見異常ともいえる状態も、この本ではきちんと解き明かしてくれていますし、カトリックに帰依した事例も紹介しています。(ついでにいえば、創価学会に改宗した例もあげています)。 そもそも、このカクレキリシタンというものは土着宗教と化していて、カトリックとは完全な別物になっているということです。日本における宗教はすべて土着宗教と化しているので驚くことはないのですが、キリスト教と全く言えないものになっていますし、幾人かの人たちは「元は同じだが今は違うもの」としてきちんと認識しているというのです。(元を正せば、隠れとなる前の、キリスト教が伝来した当時から大きくずれていた可能性はありますが) では、なぜいまでもカクレを信仰しているのかと言えば、「先祖代々守ってきたものだから」というのです。まったくもって日本人らしい宗教です。 実際にどれくらいキリスト教とかけ離れているかといえば、隠れであるのだから当然と言えますが、経典である聖書がありません。そもそも江戸時代までに聖書が日本語に訳されたかは非常に疑問ではありますが(この当時は西欧諸国ですら聖書を読んだことがない信者のほうが多かったはずです)。 また、神が一人ではありません。殉教した信者が神格化されるのは確かに日本神道ならばあり得る話ですが、キリスト教としてはあり得ないことでしょう。(聖者は神ではありません) その他、いかにも日本化された宗教行事がありますが、これも各地域によって異なるなど、宗教としての統一感はまったくありません。隠れているために他の地域の信者とは交流が無いために、地域によって異なるのです。 極めて興味深い宗教となっているカクレキリシタンですが、当然の流れとしてどんどん廃れているようです。私はわざわざこういった宗教を保護しようなどと言う気は全くありませんが、資料としてこういう本が出されて、残っていくことは非常に重要と思っています。(読んでいて面白く無いですし、ここを読む人が興味を持って読むこともなさそうですが) 19/07/2006 今日も料理光でんわが導入されるのをすっかり忘れて寝ていたら、今から配線すると言う電話で起こされたのが10時半。今日もメンテ前に起きるのを失敗しました。 もっとも、寝たのが5時過ぎなのでしかたがありませんが。 寝る前に2キャラをアユタヤに送っておいたので、メンテが終了してから延々と食材を買い集め、エビチリグラタン(AGI+6)の調理を行いました。 レモンは300zの時に30k個買いだめしてあります。 しかしコック帽がなくクエストができなかったため、調理器具を購入できません。いろいろと声をかけて回った結果、いつも生体研究所3Fでお世話になっている方に代わりに家庭用調理器具を買っていただきました。感謝感謝。 結果は、178/500と非常に厳しいものでした。 しかし、高級調理器具の使用・グロリア・鋭い視線・Dex向上食品の使用、といったことをしたとしても250/500は行きそうにありませんから、コストをかける方法(高級調理器具と食品の使用)はしたくないところです。高級調理器具は、一度ジュピロスに狩りに行くのがよさそうですが。毎度他の人に家庭用調理器具を買ってもらうわけにも行きませんし。 グロリアは自分のキャラではできないため、グランペコCを使うのが手っ取り早いのですが、これはパーティメンバーにも適用されるのかな……。適用されても、カード代が安くないので難しいところですが。 ところで、178個も裁けるのか、私不安です。 余っていたら40kくらいでお譲りしますので、欲しい方はお声をおかけください。 17/07/2006 今日の料理NHK総合で土曜日21時から3週連続で放送しているコックさんのドラマが面白いですが、まったく関係なくROの料理の話です。 相方様がウィズを2キャラ持っていることもあり、レベル8DEX料理を作ることになりました。 材料のうち店売りではないのはいちごとチーズが10個ずつですが、アビスレイク1Fとコンロン3Fで収穫しました。チーズはかなり出ますが、いちごはもしかしたらヨーヨーを狩った方が早いかもしれません。なにしろアビスレイクは入るのが面倒な上にペアでも狩りが大変です。とはいえ、ヨーヨーは人気がありそうなうえにモチベーションが保てそうに無いので、難しいところです。 というわけで4つぶんの材料が集まったところで、私のクラウンで家庭用料理機具を使って調理し、2つ中1つ成功しました。相方様のウィズでも調理しましたが、こちらは残念な結果に。 ちなみに、素Dex92+集中13+梟10+ブレス10+ジョブ補正12+矢林檎3+望遠鏡1+ロッカタイツ2+ニンブルグローブ4×2で151くらいです。キャラを見ないで書いているので多少違うかもしれませんが。あと、クエストはやっていません。 次回用のメモ。
09/07/2006 キャラクター一覧先日、「LKいたのか」などと言われてしまったので、キャラクターをお見せいたします。 現在、ロードナイト・クラウン・ハイプリーストのレベルは同じです。 LKは転生実装直後に転生したものの、ペアで騎士団1Fに行く時にしか使わないので、今後もレベルは上がりにくいと思われます。 槍BB型ですが、スパイラルピアースは諦めてオーラブレードにするべきかな、と思いつつふんぎりがつきません。 セージはLK用付与セージで、土以外はマスターレベル。FC・ASはありません。最近はゲフェン2F臨時で楽しんでいますが、そろそろ必要とされなくなるレベルなので、作り直してジョブ50転職しなおすか、ソウルリンカーにするか、忍者やガンスリンガーを待つか、ちょっとだけ悩んでいます。 06/07/2006 映像化不可能映像化することで作品が成り立たなくなる小説と言うものがあります。叙述トリックと言われる推理物を映像化しても、どこにも驚きがありません。物によってはできるのかもしれませんが、私が知っているいくつかの作品は、私の考えでは映像化すると全然謎になりません。「ロートレック荘事件」とか、最近読んだものでは「そして二人だけになった」とか。 しかし、それ以外で「映像化不可能」というものはないのではないでしょうか。「実写化不可能」とかならばわかりますが。 「映像では文章の味がでない」と言うのであれば、どんな小説も映像化不可能と言えますから。 もっとも、文章と映像は違うものなのだから、そういう意見が間違えているとは私は思いません。それぞれを別の作品として読み、見れば良いだけです。むしろ私はこの立場に近いです。指輪物語とロード・オブ・ザ・リングは別物としてみればよいのでしょう。この二つはいくつかの点で違いますが、よくできていると思います。 重要なのは、文章と映像をイコールにならずに必ず違うものになるはずなのです。ただ、元の作品の根底に流れるテーマなどがきちんと映像化された時にも反映されているかどうかが重要なのです。 これは映像化で欠落されるものではなく、原作者以外の人が脚本などを手がければいくらでも欠落します。すべてではないかもしれませんが、同じ文章媒体であるはずの脚本の段階で欠落することが多々あるはずです。映像化に限りません。 ですから、「映像化不可能」と言ってしまうのは、非常に軽率な発言だと思うのです。 |
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